なぜ漢方の道に。

 小さいころから、健康はとりえ。病院にかかるのも、1年に何回あるだろう?というくらいでした。大学で一人暮らしをしているころも、病院に行った覚えはないし、体を動かすことも大好きでした。
 なぜ薬学部に?高校のころ、進路を選ばなくていけない時期がきます。理系か文系か。国語が苦手で化学が得意な時期がありました。それによって理系に。だけど英語は好きでした。 学校の先生が身内に多い私としては、 「英語の先生になろうかな」という時期もありました。でも母の一言。「学校の先生たって、最近は就職も難しい。薬剤師は、結婚しても仕事に困らないし、 お給料もいいらしい。それと、お姉ちゃん二人は文系だから 理系の娘もいいなあ」。それで、女子で理系といえば薬学部、と勝手な方程式により薬学部を目指したのです。もちろん、薬剤師がどんな仕事かもよくわからないまま薬学部に進んだのですが、高校で選択しなかった 生物や高度な物理に大変苦労しました。周りはノリが良いor普通に関わらず頭がいい友達ばかりで、 感心するばかり・・・。大学2年まではディズニーランドのバイトが楽しくて仕方ありませんでした。大学には 「東洋医学研究会」なるものがありましたが、そのころ全く興味なし。 「生薬学」の研究室も授業にも全く興味なし。結局、大学4年のころは有機化学系の研究室で、助教授の研究のお手伝いをのびのびとさせて頂きました。 就職は、化粧品会社も希望したけれど、 結局は製薬会社の開発部へ。有機化学系の研究は有機溶媒が体に悪そうだ、とか、どうせなら都会でOLしてみたい、などという気持ちがあったので、東京の製薬会社の本社に決まったことは、 仕事の内容うんぬんよりもまずは嬉しかったです。
 仕事は甘くありませんでした。世に出ていない新薬の効果や安全性を確かめる仕事で、臨床試験を依頼する相手はドクターだし、 データは思うように上がらないし、会社の中も忙しい…。 でも、良い同僚にも恵まれ、楽しくすごした製薬会社時代でした。製薬会社に勤めていても、薬はほとんど利用しない質でした。 熱が出たときもバファリン1錠飲んで、熱いお茶を沢山のめば半日後には熱が下がってすっきりしていました。 このころも漢方なんて全く知らない世界。夜も時々は飲みに行っていたし、 飲みすぎてつらいときもあったけど、薬に頼ることはありませんでした。
 そんな20代。あるときふと料理にめざめたのです。栗原はるみさんの本を見たとき、 「料理っておしゃれだな。それに野菜が沢山使ってあって、体にもよさそう」と感動しました。このときから、食べ物が体にとって大切だと思い始めました。実は大学生のころ、 エステで8キロ痩せて、着たかった細身の服が 着られるようになり嬉しくてたまりませんでした。もちろん食事は量をへらして、学食で豆腐ステーキなどヘルシーなものをよく選んで食べていました。 痩せたあと、食べても太らない時期があり、一人暮らしらしく? 菓子パンがご飯代わりなんてこともありました。もちろん少しずつ元に戻ります。そうすると、次にはスポーツクラブに行ったり、 エステにもまた行ってみたりと頑張ってみるのです。食事はバランスよりもカロリーを気にして、 カロリーメイトを利用したり、おにぎりだけなんてこともありました。でも体力あったのでしょうね。 体調不良はありませんでした。
 話は戻って、栗原はるみさんの野菜たっぷりでおしゃれな料理をみると、やはり食事というものに目を向けるようになります。 また、「何日かごちそうが続いてちょっと太ったなと思ったら、野菜をメインにするの。すると、体重はじきに元にもどります」という有元葉子さん(料理研究家)が本に書かれた言葉が目に とまります。「そうだ!やっぱり食事だわ!」とこのころやっと気づいたのでした。 「食事が大切。体にいいものを美味しく、楽しく食べたい」と思うようになります。 そうすると、食と美容と健康のつながりにも気づいてきます。一時は、栄養士の勉強もしたいと思いました。
 製薬会社を辞めたのは、化粧品などの仕事をしたいというのもありましたが、 直接ユーザーと接したいという願望もありました。これはディズニーランドでの接客体験も良かったのかもしれません。薬剤師というせっかくの資格を活かすことも考えて、まずは地元の相談薬局で バイトをさせて頂きました。そこで漢方は少しかじりました。 だけど、やめた後は忘れちゃってその後は全く活かされてはいませんでした。
 その後結婚し、薬局に嫁として入ったわけですが、 調剤薬局中心で私もそのお手伝いをするものだと思っていました。だけど、すでに雇っている薬剤師はいたので、私はお手伝い程度をさせていただき、 子育てをメインにさせていただいていました。 結婚当初住んでいた福岡から主人の地元の直方に戻ってからは、さすがに何もしないのも悪いと思って、一店舗だけ残していた昔ながらの小売中心の薬局でお手伝いをさせていただくことになりました。 その薬局の場所はすでにさびれていて、通りもまばら。ご近所のお年寄りがちょっとしたものを買いにきてくれるくらいでした。収入のメインは他の調剤薬局ですから、主人もこの店を閉めた方が いいと思っていたようです。しかし、義父の思いいれのあるこの薬局はそうそう閉められません。 ただ義父はお店に立っているわけではないのです。そこで、車の通りのよい場所に移転することを 主人と決めました。そして、私も「漢方相談はしてみたい」と、思っていたので、無謀ながらも「漢方薬局」の看板を揚げてしまったのです。
 漢方薬は、生薬由来です。 生薬の中にはケイヒ、チンピ、ハッカ、サンヤクなど食べ物として身近なものもあります。なので、食が大事だと思った私にとって、どうせ薬をするなら漢方薬がいいと思えたのでした。 ただ漢方は難しい…というイメージもあります。 それで、最初はメーカーからのお誘いで実践漢方なる講座に毎月行きました。福岡で成功している漢方薬局の先生のやり方を伝授していただくという 内容でした。なんせ初めてですから、「なるほどなるほど」と思いながら覚えるのに必死でした。
 しかし、私としては、何故この薬を選ぶのかをもっと自分で納得しないとお客様への説明もうまくできないと思いました。それで、やはり原点にもどって「中国医学」を学ぶことを選びました。
 中国医学(以下中医学)を最初に学んだところは、東京青山のアクシスアンです。国際中医専門員の峯村先生は私と同世代ですが、インターネットでもかなりの相談を受けられていて、 しかも中医学をわかりやすくご自身のホームページや書籍、DVDなどで紹介されています。実際に講義を受けた時も、噛み砕いた言葉でしゃきしゃきと教えてくださいました。中医学は理論があり、 人間の体と季節や自然との関わり、食べ物との関わりなど、なるほどと思えることがたくさんあります。よい体調にしていくためには漢方薬だけではなく、養生が大切。結局は自分の力が大切なのだ ということを学んでいると思います。 西洋医学も私たちにはなくてはならないものです。しかし、東洋医学の考え方も体にとってはとても必要なものだと思います。今体調に心配のある方でも、漢方の考え方で何かしら良い方向性が 見えてくるのではないでしょうか。

漢方はすばらしい!
長々となりましたが、まったく興味のなかった私でもライフワークとなってしまった漢方の世界。 現代のライフスタイルに漢方を取り入れ、元気で健やかに過ごしていきたい。それを少しでも皆さんのお役に立てるよう、伝えていけるように頑張りたいと思います。

なかむら漢方薬局  店長・薬剤師 中村 寛子